ホテルから徒歩で七、八分。例のバールにはさっきの男前がまだ座っていた。食事はしてないみたいだけど、待ち合わせか、仕事中なのかな。
 俺は隣のテーブルの、彼のはす向かいになる位置に腰を下ろした。ウェイターにカプチーノとパニーニを頼み、途中のスタンドで買ってきた新聞に目を通す――ふりで、サングラスの陰から彼を観察する。
 西洋人は年の割に老けて見えるもんだけど、それを差し引いても俺より四、五歳は年上だろうか。充実した若さと、壮年の苦み走った貫禄がいい感じにミックスされている。くっきりと彫刻刀で彫ったように力強く、それでいて端正な面立ち。セクシーな癖のある黒髪に、ティレニア海のような深くて明るいブルーの目。肌は健康的な小麦色、がっしりと骨格そのものが逞しい体型だ。麻のスーツに瞳と同じ色のネクタイがとても似合う。ほんとにマジで、見れば見るほど、ため息が出そうなハンサムだった。
(うーん、でも、ちょっと気難しそうかな)
 眉間に皺なんか寄せちゃって、一夜のアバンチュールなんて鼻で笑い飛ばしちゃいそうだ。もったいないけど、パスかなぁ。こないだ来たときに知り合った男を誘ってみようか。あいつ、セックスがちょい雑だったんだけど……。
 考えながらパニーニを食べているうちに、俺は彼のテーブルに並んでいるものに気づいた。彼が怖い顔で睨み付けているもの――チェス盤だ。駒も盤も精巧なガラス細工でできた、携帯用の小さい、でも、高そうなやつ。盤面はかなり動いていて、勝負は終盤のようだった。
 ふぅん、彼が黒か。不利だね。勝つにはちょっと骨が折れるな……いや、この局面さえ打開すればそうでもないか……。
 つい盤を読んでいたら彼に気づかれた。おっと、目が合っちゃったぜ。
せっかくのチャンスだから声をかける。
「やあ(チヤオ)。チェスが好きなの?」
 彼はちょっと目を瞠り、俺の顔を見つめた。が、すぐ仏頂面に戻る。
「とくに好きなわけじゃないが、勝負中でね」
 低く重量感のある声だった。いいね、声まで好み。言葉遣いもすごく端正だ。ちょっと傲慢なくらいのしゃべり方が、彼によく似合っている。声はともかく、話し方って、その人の人となりが少なからず出るもんだ。俄然、彼に興味が湧いた。