今年の学会はイタリアのローマだ。海外の学会に参加するのは初めてだった。
 学会自体は四日間開催で、前日の今日は夕方からオープニングパーティがあるだけだ。
 必ず出席する必要はないので、同じく参加予定の先輩や上司は僕より遅い飛行機で来る予定だった。元気だなと笑われたが、折角なので空いた時間は全部観光してまわるつもりだった。
 朝ローマについた僕は、昼過ぎホテルにスーツケースを置いて早速ここにやってきた。
 十時間以上飛行機に乗った後で時差の関係もあり頭はまだぼーっとしていたが、異国の空気に触れて気分はずっと高揚している。
 歴史に詳しくはないので「悠久の時を経て」などと雰囲気に浸ることは出来ないが、何千年も前にこんな大きな石造りの街を作った人達がいたのは単純にすごいと感動した。
 休んだおかげで体力が戻り再び遺跡を見て回ろうとした時、すぐ背後から声をかけられた。
「その饅頭は、杵屋の『丹波の栗だけで作りました。名産地シリーズ栗饅頭』ですか?」
 一瞬それが日本語だとは理解できなかった。いきなり話しかけてくる言葉としては予想とかけ離れた台詞だったからだ。
「はっ?」
 慌てて振り仰ぐと背後に背の高い東洋系の男が立っていた。
「えっと……何ですか?」
「その饅頭は杵屋の『丹波の栗だけで作りました。名産地シリーズ栗饅頭』ですか。と尋ねたんだ」
 誰? と思う前に意味不明な質問が繰り返される。
 妙に威圧感のある声に押され、僕は手にしていた饅頭のパッケージを確認した。
「はあ、そうみたいですね」
「やはりそうか。不躾な願いで申し訳ないが、それを売ってくれないか?」
「はっ?」
 再び意識が固まりそうになる。急に日本語が不自由になったみたいだ。
「これが欲しいんですか?」
 手の物を見せると男はこくこくと頷いた。
 二九歳だけど童顔で未だに院生に間違われそうになる僕よりはいくつか年上に見える。背が高く痩身だがひょろっとした印象ではなく、それなりに力もありそうだ。
 少しウエーブの入った黒髪は、あまり手入れをされていないようだが不潔というほどではない。きりっとした眉に黒々とした力強い瞳。頬のラインはシャープで長い手足をしていた。
 服装は僕と同じくラフなシャツとジーンズだが、いかにも旅行者な格好をしている僕に比べて、この国に住んでいる風に見える。日本を離れこっちで働いている人か。学生のような浮ついた雰囲気はないが、一般の会社に勤めているような堅苦しさも無い。
 一瞬物盗りか? と疑いかけたが、騙そうとしているなら台詞が変だ。
「支払いはユーロで良いかな? 駄目ならドルもあるが」
 そうじゃなくて。警戒する僕にじれったそうにたたみかける男を制して、饅頭を欲しがる理由を尋ねた。