松澤は資料を読む手を止め、塚田の横顔をかすめ見た。
 半年ほど前の、夏の終わりの夜。出張先で出会った、泣き濡れていた男。涙が止まらなくて、見知らぬ自分のハンカチを受け取った男。
 あの夜から三日後に、まさか彼が水事業部部長補佐として着任するとは思わなかった。おまけに、聞こえてくるのは、顔はいいわ仕事はできるわ奢らず昂ぶらず優しいわと上々な評判ばかりで、松澤は密かに仰天していた。真っ赤な目をした泣き顔と、自信に溢れた遣り手商社マン、どちらも同じ人間なのに、いまだにイメージが結び付かない。五回も声を掛けられて共に仕事をしていても、既に固定してしまったイメージが崩れない。
 ――――いつか、覗いてみたい。
 塚田にとって見られたくない姿だったろうが、その有能な商社マンの顔の下に潜む泣き顔を、誰も知らない顔を、また見てみたくなった。
 ――――そういえば、ふたりで出張するのはこれが初めてだな。
 ふたりで出張だから、何だというのか。ふと思い至って、思い至った自分に戸惑った。
 カルガリー経由でウィニペグ空港に到着すると、取り囲む冷気に鳥肌が立った。体感気温が一気に下がる。春四月に近付いているものの、冬の盛りはアラスカよりも凍えるウィニペグである、まだまだ寒い。厳寒と称す東京が甘く感じられる、立ち竦むしかない自然がここにある。
「カナダには冬しか来たことがないから、寒さしか知らないんだ」
 白い息を吐いて、塚田は快晴の空を見上げた。今年はこれでも暖かいらしい、何しろ氷点下に落ちる日が少なく、積雪量も格段に少ないのだ。そう言うと、塚田は僅かに眉をひそめた。
「寒いのは苦手なんですか」
「澄んだ空気は好きだよ」
 明らかに、誤魔化している。子供っぽくて、おかしい。
 松澤が笑いを押し隠すと、塚田はむっとして早足で歩き始めた。
「すいません、待って下さい!」
「遅い」
 叱りつける口調ながらも、目は笑っている。立ち止まって、追いつくのを待ってくれている。
「のろのろしていたら、遠慮なく置いていくからな」
「了解です」
 今日の塚田は、どことなくプライベートなにおいがする。オフィス内で立ち働く彼よりもずっとくだけた調子であり、ふたりのスタンスが縮まっているようでもあり、訳もなく面映ゆくなった。これから州有公社、現地企業、カナダ支社の面々との会議、ロードマップの提示、資材の調達依頼と、実質二日間でこなさねばならない弾丸スケジュールが始まるのだが、そのタイトさも苦にならないように思えた。